お話のカゴ

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妻のお弁当

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今週のお題「お弁当」ということで、このようなお話を考えてみました。

 

私は妻が作るお弁当が大好きだった。

いつも、彩鮮やかで食欲をそそり、もちろん、味もとてもおいしい。

仕事がつらい日でも、妻のお弁当を食べることで、乗り切れてきた。

そういうことを妻も察していたせいか、子供が生まれて目まぐるしく忙しくなったときでも、ちゃんと毎日お弁当を作ってくれた。

そんな、お弁当の中でも、特に卵焼きが絶品だった。

私は卵が大大大好物である。独身の時にはネットで卵料理がおいしいお店を見つけるとよく食べに行ってみたものだった。けっこういろんな卵料理を食べてきたと自負する私にとっても、妻がお弁当に入れてくれる卵焼きは、今まで食べてきた料理の中で一番おいしいものだった。

何度か妻にレシピを聞いたこともある。

そんな時、妻は「ヒミツ。夫婦といえども、一つぐらいヒミツがあったほうがいいでしょ」って、いたずらっぽく笑うのだった。

 

このレシピ。どうも妻の完全オリジナルのようだった。妻の実家で卵焼きが出てきても美味しいけれど、妻がお弁当に入れてくれる卵焼きとは違っていた。

また、いつも私がおいしいそうに食べている卵焼きを、会社の同僚がどうしても食べたがるので、一度だけ分けてあげたことがある。でも、反応は普通だった。もちろん美味しいとのことだが、同僚もその後、分けてほしいようなことを言わなかったので、特別美味しいわけではなさそうだ。

ということは、私の味覚に完全に合わせた特別な卵焼きということのようだった。それが卵好きの私にとっては、とってもうれしくて、お弁当に卵焼きが入っていた日には必ず、お礼のつもりで、妻の好物であるドーナツをお土産に買っていったものだった。

 

そんな、ささやかな幸せの日々は、突然、妻の不治の病で終わりを迎えた。

余命3ヶ月とのことだった。

その残り3ヶ月間、家族3人で、とても大事に時間を過ごした。

たまに妻と小学生になったばかりの息子が二人で何やら話し込んでいた。

病院からの帰り道、私が「何を話してたの?」って聞くと息子は妻に似た笑顔で「ひみつ~」って言うのだった。

そんな、大事な3か月間も終わりを迎え、妻が息を引き取るときが近づいてきた。

妻も察していたらしい。

「あなたが大好きな、お弁当作れなくなって、ごめんね。でも、数年後、あの卵焼きを食べさせてあげる。楽しみにしててね。」って、寂しげに、いたずらっぽい笑顔で言った。そうして、妻は息を引き取った。

 

それからの毎日は大変だった。父と小学1年生のシングルファザーの生活である。

いつも目まぐるしく日々を過ごしていた。

おかげで妻を亡くした悲しみを紛らわせることも出来たといえる。

 

そうやって、どうにかこうにか毎日を過ごし、息子も小学4年生となって、生活も落ち着いてきた。うれしいことに最近は息子が料理を手伝ってくれる。これだけでも、ずいぶん楽になる。また、息子は妻のように料理が上手だった。

また、息子が料理に慣れてきたころ、お弁当も作ってくれることになった。とてもうれしい。

 

そうやって、息子の料理も随分と上達したころ、お弁当になんと、あの卵焼きが入っていた!

この卵焼きだけは、二度と食べることが出来ないと思っていた。

それが、今存在している。私は「数年後、あの卵焼きを食べさせてあげる。楽しみにしててね」って、妻が言ったことを思い出しながら、大事に食べた。

これを息子が作ることが出来るとは思えない。妻がお弁当を作りに天国から来てくれたのだろうか。そんなことを思いながら、帰宅を急いだ。もちろん、ドーナツも買って。

 

一旦、玄関前で落ち着きを取り戻し、私はいつものように家のドアを開けた。

「ただいま」

「おかえり~。あれ今日は早いね。」って息子が答えてくれた。

妻は居なかった。

息子が笑いながら言った。

「お母さんが言ったとおりだ!お父さんがドーナツ買ってきた!」

「え!お母さん、やっぱりいるの?」

「何言ってるの。居るわけないじゃん。」って、少し寂しく息子が答えた。

 

息子がお弁当の卵焼きについて、種明かしをしてくれた。

「僕ね。おかあさんに卵焼きのレシピを習っていたんだ。メモも残してもらっていたんだよ。」

「でも、あの卵焼きは、お母さん以外が作れるとは思えない。どうやって作ったの?」

「えへへ」って、あのイタズラっぽい笑顔を見せながら、レシピメモを見せてくれた。

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絶品卵焼きの作り方

お父さんは卵が大好物です。

だからね。3日間、さりげなく卵を使わないで食事を続けさせるの。 

朝食にも、お昼のお弁当にも、夕飯にも、卵を一切使わない。

そうして、なんとか3日間を過ごせたら、その次の日のお弁当に卵焼きをいれるの。

これが、絶品卵焼きの作り方です。

Kちゃん、お料理できるようになったら、お父さんに食べさせてね。

お母さんより。

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 「そういうことか~」

妻の写真を見ると笑っていた。

 

おわり