お話のカゴ

ショートショート、お話を書いていきます

思い出のプレイリスト

f:id:light_2021:20210604030316p:plain

今週のお題「わたしのプレイリスト」ということで、音楽に関するお話を考えてみました。

 

今夜も私は家族が寝静まったころ、一人、インターネットという広大な世界から一つの音楽を探し続けていた。

妊娠中によく聞いていた、思い出の曲を探しているのだ。

 

私には2歳になる子供がいる。

夫によると私の娘とのことだ。ずいぶん冷たい母親だと思われるかもしれないが、私には記憶がないのである。

2か月前。私は交通事故に遭遇した。

居眠り運転のクルマに衝突され、自分のクルマが横転するという、大きな事故にも関わらず、さいわい一命は取りとめたのだが、軽い記憶喪失となっていた。娘を妊娠してから交通事故に遭遇するまでの記憶がないのである。たまたま、娘を実家に預け、一人で出かけた際の事故だったため、自分一人で済んだことがせめてもの救いだった。

 

自分には産んだ覚えがないのに娘がいるという状況に当初は混乱し、夫にもずいぶんと心配をかけた。

娘はやはり私や夫に似ており、もちろんとってもかわいい。

でも、そこまでなのだ。世の中の母親が行っているように、100%の愛情を注ぐことが出来ているかといえば、そうとは言えない。

 

交通事故で受けた怪我も治り、無事に病院を退院し、記憶がないながらも、なんとか平穏な日常が戻りつつあるころ、私はなんとか、娘のことを思い出そうと日記を読み返したり、妊娠したときの病院を訪れたりして、もがいていた。

 

そんななか、日記には音楽のことが書かれていた。

どうも、妊娠中に頻繁に聴いていた音楽があったようなのだ。

とても気に入り、そのお気に入りの音楽のアーティストの曲を集めたプレイリストを妊娠中は繰り返し繰り返し聴いていたようである。

ただ、日記には肝心のアーティスト名や曲名は載っていなかった。

まさか、スマホが交通事故で全損し、記憶喪失になったので、バックアップも不明という状況になるなんか思いもしない。だから、日記には具体的なアーティスト名や曲名を書く必要なんかないのである。

それからというもの、私は必死に、妊娠中のお気に入りの音楽を探すようになった。

でも、世の中には、多くの音楽が溢れている。日記に載っているキーワードを頼りにインターネットで探しているが、簡単には見つからない。

もし、この妊娠中のお気に入りの音楽を探し当てることが出来たらのなら、娘のことも思い出せそうな気がして、夜な夜な音楽を探し求めているのだ。

 

娘も最近では、いろんな言葉を話すようになり、ますます可愛くなってきた。

娘のほうは、ぎこちなく接してしまう私に対しても無条件に愛情を示してくれる。

そんなある日。

娘とお家で一緒に遊んでいると、娘がふと鼻歌を歌い始めた。

「ふふふーん。ふふふふーん、たらりららーん。」

初めて聞く音楽だ。でも、とても心地よい。

ふと、私は気が付き、急いで真新しいスマホで慣れないながらも、娘の鼻歌をスマホのマイクで録音しようとした。

娘は母親の慌てた行動を見て、キョトンとしている。

「Kちゃん、さっきのお歌、もう一度、歌ってくれる?」

「いいよ~。ふふふーん。ふふふふーん、たらりららーん。」

録音できた!

今度は、最近、覚えたばかりの音声からの曲探しを慣れない操作で行ってみる。

娘も興味シンシンで身を乗り出して、私のスマホを覗いてきていた。

検索中、検索中、検索中。

ドキドキしながら、娘と検索の結果を待ち望んでいると、何曲か候補が出てきた。

検索された1曲目を再生。

娘が歌っていたフレーズが流れてきた。

「ああ!この曲だ!」

背筋がすすすーっと、ざわつき、聴いていた音楽を思い出した!

でも、ここまでである。

音楽のことは断片的ながらも妊娠中に聴いていたと確証が持てた。でも、肝心の妊娠中のことや娘を出産したことは思い出せなかった。

 

でも、私の気持ちは大きく変わっていた。

娘がなぜ、この音楽を知っているのか。それは私のお腹にいたときに一緒に聴いていたのだ。そのことを理解したとき、私の娘に対する愛情が一気に上昇した。100%でも200%でも愛情を注げる気がする。

娘も楽し気に私の様子を眺め、自分でもまた鼻歌を歌っていた。

「ふふふーん。ふふふふーん、たらりららーん。」

 私も楽しく一緒に歌った。

 

おわり