つくえのせい
今週のお題は「デスクまわり」です。次のお話を考えました。
最近、在宅勤務の日が多くなってきた。
そうなると自宅の作業環境を改善したくなる。
まずは机を変えたいと思った。
そうは言っても、先立つものが乏しい。
私は、少し胡散臭い感じがする近所のリサイクルショップに立ち寄ってみた。
「ほう、意外とそろってるじゃん」
店の中には、会社役員が使っているような立派な机から、ゲーマー御用達のパソコンにぴったりの机、小学校でよく見る机、等々、いろいろな机が並んでいた。
その中から、奥の方に少し古い感じだけど、作りは、しっかりしてそうな机を見つけた。値段もお手頃である。
私は店長に声をかけた。
「すみません。あの机、もう少しよく見たいので、出してもらえます?」
「ほ~。今度はあなたが選ばれたのですね。」
「はい?」
「あ。いえいえ。お目が高い。この机は掘り出し物だよ」
近くで見てみたが、やはり良さそうだ。
埃っぽい感じだけど拭けばきれいになりそうだし、古いというより歴史を感じる良いもの感がにじみ出ていた。
「決めた。これください。」
「はい。まいどあり!お客さん、これはいい机ですよ。きっと役に立ちます。」
「はい。大きさもちょうどいいし、仕事や勉強に使えそうです。」
少しだけ、ためらいがちに店長が言った。
「ただ。買ってもらう、お客さんにこんなこと言うのはなんだけど、この机、少しだけ注意してね。とにかく欲を出しすぎないこと。」
「え?何のことですか?」
「うーん。これ以上は口止めされているので言えないんだ。」
なんか怪しい。まあ、この値段だし、どこかに問題があったら、自分で修理するのもありかな。なんて思いながら、結局、この机を購入することにした。
次の日、店から、あの机が運ばれてきた。
お。部屋にぴったりじゃん。店できれいに拭いてくれたのかな?
リサイクルショップで見たときより、きれいに思えた。
引き出しも問題ないし、天板がぐらぐらするわけでもなく、しっかりしている。
いや~、いい買い物したな。さっそく、使ってみるか。
そう言って、机に向かって椅子に座ったとき、それは現れた。
ぼわ~ん。
「私は机の精です。あなたの望みをかなえてあげます。あなたの望みはなんですか?」
「え?え?え?」頭が混乱している。
ピーターパンに出てくるような妖精が現れたのだ。
机の精が続けて言った。「あ。でも、人間の能力を超えるような望みは無理ですからね。」
「うーん。たとえば?」
「若返りたいとか。既に亡くなった人と話をしてみたいとか。道具も使わずに空を飛びたいとかね。あ。でも飛行機を使って飛ぶことはOKです。」
「そりゃ、当たり前だろ」
「少し落ち着きましたか。改めて聞きますが、あなたの望みはなんですか?」
ラッキー!望めば、叶うなんて、なんて幸運なんだろう。
いろいろと欲望が湧き出てきた。
お金持ちになりたい。モテたい。スポーツのスター選手になって活躍したい。
そこで、ふと、店長のことばを思い出した。『欲を出しすぎないこと』って言ってたな。このことか。
少し考えたあと、私はこう言った。
「国家資格の○○に合格したい」
私は社会人になってから、もう5年もチャレンジしている国家資格がある。なかなか合格できず、最近では、あきらめかけていた。
妖精が言った。
「国家資格の○○だね。わかった。かなえてあげる。」
ワクワクした。どんな魔法をかけてくれるのだろう。
自分が国家資格の○○を手にしている姿を思い浮かべ、ニヤニヤしていた。
「よし、では始めるか!」妖精がそう言った。
「お願いします。」と私。
「うん。だから、始めてください。」と妖精。
「ん?私が何を始めるの?」
「決まっているでしょ。国家資格の勉強」
「え?それは、叶えてくれるんじゃないの?」
「そうだよ。合格を叶えてあげる。そのためには勉強して。」
そうなのだ。この机の妖精は、願い事を叶えることが出来るまで、
その人に机を使わせる妖精なのだ。
『お金持ちになりたい』とか言ったら、お金持ちになるための勉強を毎日することになっていたかもしれない。想像もつかないけど。
『モテたい』なんて言っていたら、心理学、ファッションとかモテるための勉強をやらされていたかもしれない。こちらも想像もつかないけど。
スポーツ選手は机の学習では無理だったかもね。
もしも、欲を出した願い事をすると、その願いが叶うまで、ずっと机に向かうことになっていた。それに気がついたとき、ぞっとした。
この妖精、人間に勉強させることに関しては、たいへん長けていた。
ときに叱咤激励し、ときには癒しの言葉をかけ、ちゃんと日常生活や睡眠のことも考えてくれる。
おかげで、効率よく勉強もはかどり、どんどん国家試験の理解度が高まっていった。
そうこうするうちに、明日は、いよいよ国家試験の試験日となった。
「明日は大事な試験日だから、早く寝るんだよ」さすが机の精である。
「はーい」
次の日、余裕をもって試験場についた私は自信をもって試験に臨むことが出来た。
もちろん、試験の結果にも自信を持てた。
机の精に感謝いっぱいの気持ちで帰宅すると、机の精は居なくなっていた。
翌月、予想通り、国家資格の合格通知が届いた。
私は妖精が居なくなった机に向かって「ありがとう」と言った。
おわり
さっちゃんのおつかい
今週のお題「買いそろえたもの」です。
こちらのお話を考えました。
ママは、さっちゃんにおつかいを頼むために買い物リストのメモを書いていました。
「これで全部かな~」そう言って、メモから目を離したときです。
「あれ?」メモが手元から無くなっていました。
「どこかに落としたかな?」ママは探しましたが見つかりませんでした。
「ははーん」ママは、何かに気づいたようです。
また、もう一度、同じ買い物リストのメモを書き始めました。
さっちゃんにママが言いました。
「さっちゃん、おつかいに行ってくれるかな」
「おつかい?いいよ~!」
最近、おつかいデビューした、さっちゃんは嬉しくてたまりません。
ママから、買い物リストのメモを受け取り、意気揚々と出かけました。
さっちゃんのおつかいは順調に進みました。
買い物リストの内容から「今日はカレーかな」とか言いながら、スーパーで買いそろえていきます。
「あ!ない!」
さっちゃんは、ママから受け取った買い物リストのメモが無くなったことに気が付きました。
「あれ!ない!ない!ない!」
ポケットやお買い物エコバック、お財布を探しましたが見つかりません。
もちろん、スーパーの歩いたところも一通り探しましたが見つかりませんでした。
でも、さっちゃん、やけに落ち着いてます。
「しかたがない。あれやるか」そうつぶやくと、トイレの個室に入り、集中しました。
しばらくたつと、あら不思議。買い物リストのメモが、さっちゃんの手にありました。
そうなのです。さっちゃんは超能力が使えるのです。
時間と場所を念ずると、その時間と場所から、手で持てるものであれば、現在に持ってくることが出来るのでした。
将来、このさっちゃんは、この能力を使って、テロリストの秘密文書を盗み出し、世界を人類滅亡の危機から救います。そのことについては、機会があれば、また。
今回は、おつかいです。
さっちゃんはママが買い物リストのメモを書いていた時間を狙って、メモを取ってきたのでした。
ただし、この能力には注意すべき点があります。
現在に持ってきたものは、元々あった時間と場所からは消滅してしまいます。
物は一つしか存在しないから、当たり前ですね。
でも、そのことを、さっちゃんは、まだ、あまり理解できていませんでした。
今回も、さっちゃんは、そんな注意すべき点にも注意を払わず、おつかいを続けていきました。
「よし、これで全部だ」そう言って、スーパーで会計を済まし、無事に帰宅しました。
帰宅するとママが「ありがとう!」と言って、優しく出迎えました。
「今日は、さっちゃんの好きなカレーよ」そう言って、お買い物エコバックを受け取りました。
そして「はい。これはご褒美」と言って、さっちゃんの大好きなチョコレートケーキを出してくれました。
さっちゃんは、「チョコレートケーキ、隠してあったのかな?」と少し不思議に思いながら、おいしくケーキを食べました。
これには、裏があります。
実は、ママがさっちゃんに渡した買い物リストのメモにはちゃんとご褒美のチョコレートケーキも書いてありました。
でも、さっちゃんが超能力で取り寄せた買い物リストのメモは、ママがチョコレートケーキを書く前の買い物リストのメモだったので、リストにチョコレートケーキが含まれていませんでした。
では、なんで、さっちゃんは、ご褒美にチョコレートケーキを食べることが出来たのか?
それは、ママも超能力者であり、千里眼が使えるのです。
ママはさっちゃんが超能力を使えることを知っており、どういった能力であるかも理解しつつありました。
さっちゃんの超能力は遺伝だったんですね。
だから、ママはメモが無くなった時も、さっちゃんがメモを取り寄せたことに気がつきました。その取り寄せた買い物リストのメモは、チョコレートケーキを書く前だったのです。
そして、千里眼で、さっちゃんのおつかいの様子も見ていたのです。
もちろん、買い物リストのメモを取り寄せていることも見ていました。
そこで、ママは、さっちゃんがおつかい中に、こっそりケーキ屋さんからチョコレートケーキを買ってきたのでした。
そんなことも知らず、さっちゃんは、大好きなチョコレートケーキを食べて幸せな顔をしていました。
ママは、さっちゃんがどれぐらいの年齢になったときに超能力のことや、注意すべき点を説明してあげようか思案しながら、幸せな顔をしている、さっちゃんを優しく眺めていました。
おわり
神様と悪魔のコレクション
今週のお題は「わたしのコレクション」です。
次のお話を考えてみました。
みんな、誤解しているよ。
実は神様と悪魔は、仲良しなんだ。
毎日のように会って、いろんなお話したり、人間ウォッチングしたり、お出かけしたりしてるんだ。
もう一つ。神様も悪魔も、実は人間に対する影響力は小さい。
神様は、元々、努力して成功しそうな人とかに、ほんの少し幸運をトッピングする程度。
悪魔も、元々、不幸なことが起きそうなときに、ほんの少し不運をトッピングする程度なんだ。
今日は、恒例のコレクション自慢のようだよ。
神様は、人間の笑顔の写真を集めている。
悪魔は逆に悲しい顔の写真を集めて、質と量を競っているんだ。
神様「どうだい。これは、とってもいい笑顔でしょ。好きな彼からプロポーズを受けた女性の笑顔だ。美しいし眩しい笑顔だ。」
悪魔「私のコレクションも見てくれよ。これこそ、絶望の淵にいる顔だ。野球の試合で負けて、その負けた原因から親友にひどいことを言ってしまい、後悔して夜眠れない少年の悲しい顔。そして、こっちがその親友の悔しくて泣いている顔だ。どちらもすばらしいだろう。」
お互いに写真を見せあって、自慢している。
人間には理解できない感情だよね。
でも、神様にも悪魔にも、自分の力が及ばないことには、興味がないみたい。
例えば、神様は「宝くじが当たって喜んでいる人」のことは、「当たり前すぎてつまらない」とか、悪魔も「災害で親を亡くした子供の悲しい顔」のことは、「趣味じゃない」とか言って、興味を示さないんだ。
それと、神様も悪魔も口には出さないけど、やっていることがある。
神様も悪魔も、幸運も不運もずっと続かないことを知っている。
だから、お互いのコレクションに出てきた人間に対して、今度は逆のことを働きかけるんだ。
そうすると、神様や悪魔にとって、更にうれしいコレクションが増えたりする。
さて。今回のコレクション自慢だけど、悪魔のほうが優勢みたい。
今、世の中が不安定だからね。
質も量も悪魔の悲しい顔の写真コレクションのほうが勝っていたようだ。
神様「今回は、私の負けだね」
悪魔「ふっふっふっ」
パシャリ。悪魔「?!」
神様「今、私の最高のコレクションがとれたよ。悪魔が勝利で喜んでいる顔だ♪」
悪魔「神様には、かなわねなぁ」
おわり
思い出のプレイリスト
今週のお題「わたしのプレイリスト」ということで、音楽に関するお話を考えてみました。
今夜も私は家族が寝静まったころ、一人、インターネットという広大な世界から一つの音楽を探し続けていた。
妊娠中によく聞いていた、思い出の曲を探しているのだ。
私には2歳になる子供がいる。
夫によると私の娘とのことだ。ずいぶん冷たい母親だと思われるかもしれないが、私には記憶がないのである。
2か月前。私は交通事故に遭遇した。
居眠り運転のクルマに衝突され、自分のクルマが横転するという、大きな事故にも関わらず、さいわい一命は取りとめたのだが、軽い記憶喪失となっていた。娘を妊娠してから交通事故に遭遇するまでの記憶がないのである。たまたま、娘を実家に預け、一人で出かけた際の事故だったため、自分一人で済んだことがせめてもの救いだった。
自分には産んだ覚えがないのに娘がいるという状況に当初は混乱し、夫にもずいぶんと心配をかけた。
娘はやはり私や夫に似ており、もちろんとってもかわいい。
でも、そこまでなのだ。世の中の母親が行っているように、100%の愛情を注ぐことが出来ているかといえば、そうとは言えない。
交通事故で受けた怪我も治り、無事に病院を退院し、記憶がないながらも、なんとか平穏な日常が戻りつつあるころ、私はなんとか、娘のことを思い出そうと日記を読み返したり、妊娠したときの病院を訪れたりして、もがいていた。
そんななか、日記には音楽のことが書かれていた。
どうも、妊娠中に頻繁に聴いていた音楽があったようなのだ。
とても気に入り、そのお気に入りの音楽のアーティストの曲を集めたプレイリストを妊娠中は繰り返し繰り返し聴いていたようである。
ただ、日記には肝心のアーティスト名や曲名は載っていなかった。
まさか、スマホが交通事故で全損し、記憶喪失になったので、バックアップも不明という状況になるなんか思いもしない。だから、日記には具体的なアーティスト名や曲名を書く必要なんかないのである。
それからというもの、私は必死に、妊娠中のお気に入りの音楽を探すようになった。
でも、世の中には、多くの音楽が溢れている。日記に載っているキーワードを頼りにインターネットで探しているが、簡単には見つからない。
もし、この妊娠中のお気に入りの音楽を探し当てることが出来たらのなら、娘のことも思い出せそうな気がして、夜な夜な音楽を探し求めているのだ。
娘も最近では、いろんな言葉を話すようになり、ますます可愛くなってきた。
娘のほうは、ぎこちなく接してしまう私に対しても無条件に愛情を示してくれる。
そんなある日。
娘とお家で一緒に遊んでいると、娘がふと鼻歌を歌い始めた。
「ふふふーん。ふふふふーん、たらりららーん。」
初めて聞く音楽だ。でも、とても心地よい。
ふと、私は気が付き、急いで真新しいスマホで慣れないながらも、娘の鼻歌をスマホのマイクで録音しようとした。
娘は母親の慌てた行動を見て、キョトンとしている。
「Kちゃん、さっきのお歌、もう一度、歌ってくれる?」
「いいよ~。ふふふーん。ふふふふーん、たらりららーん。」
録音できた!
今度は、最近、覚えたばかりの音声からの曲探しを慣れない操作で行ってみる。
娘も興味シンシンで身を乗り出して、私のスマホを覗いてきていた。
検索中、検索中、検索中。
ドキドキしながら、娘と検索の結果を待ち望んでいると、何曲か候補が出てきた。
検索された1曲目を再生。
娘が歌っていたフレーズが流れてきた。
「ああ!この曲だ!」
背筋がすすすーっと、ざわつき、聴いていた音楽を思い出した!
でも、ここまでである。
音楽のことは断片的ながらも妊娠中に聴いていたと確証が持てた。でも、肝心の妊娠中のことや娘を出産したことは思い出せなかった。
でも、私の気持ちは大きく変わっていた。
娘がなぜ、この音楽を知っているのか。それは私のお腹にいたときに一緒に聴いていたのだ。そのことを理解したとき、私の娘に対する愛情が一気に上昇した。100%でも200%でも愛情を注げる気がする。
娘も楽し気に私の様子を眺め、自分でもまた鼻歌を歌っていた。
「ふふふーん。ふふふふーん、たらりららーん。」
私も楽しく一緒に歌った。
おわり
妻のお弁当
今週のお題「お弁当」ということで、このようなお話を考えてみました。
私は妻が作るお弁当が大好きだった。
いつも、彩鮮やかで食欲をそそり、もちろん、味もとてもおいしい。
仕事がつらい日でも、妻のお弁当を食べることで、乗り切れてきた。
そういうことを妻も察していたせいか、子供が生まれて目まぐるしく忙しくなったときでも、ちゃんと毎日お弁当を作ってくれた。
そんな、お弁当の中でも、特に卵焼きが絶品だった。
私は卵が大大大好物である。独身の時にはネットで卵料理がおいしいお店を見つけるとよく食べに行ってみたものだった。けっこういろんな卵料理を食べてきたと自負する私にとっても、妻がお弁当に入れてくれる卵焼きは、今まで食べてきた料理の中で一番おいしいものだった。
何度か妻にレシピを聞いたこともある。
そんな時、妻は「ヒミツ。夫婦といえども、一つぐらいヒミツがあったほうがいいでしょ」って、いたずらっぽく笑うのだった。
このレシピ。どうも妻の完全オリジナルのようだった。妻の実家で卵焼きが出てきても美味しいけれど、妻がお弁当に入れてくれる卵焼きとは違っていた。
また、いつも私がおいしいそうに食べている卵焼きを、会社の同僚がどうしても食べたがるので、一度だけ分けてあげたことがある。でも、反応は普通だった。もちろん美味しいとのことだが、同僚もその後、分けてほしいようなことを言わなかったので、特別美味しいわけではなさそうだ。
ということは、私の味覚に完全に合わせた特別な卵焼きということのようだった。それが卵好きの私にとっては、とってもうれしくて、お弁当に卵焼きが入っていた日には必ず、お礼のつもりで、妻の好物であるドーナツをお土産に買っていったものだった。
そんな、ささやかな幸せの日々は、突然、妻の不治の病で終わりを迎えた。
余命3ヶ月とのことだった。
その残り3ヶ月間、家族3人で、とても大事に時間を過ごした。
たまに妻と小学生になったばかりの息子が二人で何やら話し込んでいた。
病院からの帰り道、私が「何を話してたの?」って聞くと息子は妻に似た笑顔で「ひみつ~」って言うのだった。
そんな、大事な3か月間も終わりを迎え、妻が息を引き取るときが近づいてきた。
妻も察していたらしい。
「あなたが大好きな、お弁当作れなくなって、ごめんね。でも、数年後、あの卵焼きを食べさせてあげる。楽しみにしててね。」って、寂しげに、いたずらっぽい笑顔で言った。そうして、妻は息を引き取った。
それからの毎日は大変だった。父と小学1年生のシングルファザーの生活である。
いつも目まぐるしく日々を過ごしていた。
おかげで妻を亡くした悲しみを紛らわせることも出来たといえる。
そうやって、どうにかこうにか毎日を過ごし、息子も小学4年生となって、生活も落ち着いてきた。うれしいことに最近は息子が料理を手伝ってくれる。これだけでも、ずいぶん楽になる。また、息子は妻のように料理が上手だった。
また、息子が料理に慣れてきたころ、お弁当も作ってくれることになった。とてもうれしい。
そうやって、息子の料理も随分と上達したころ、お弁当になんと、あの卵焼きが入っていた!
この卵焼きだけは、二度と食べることが出来ないと思っていた。
それが、今存在している。私は「数年後、あの卵焼きを食べさせてあげる。楽しみにしててね」って、妻が言ったことを思い出しながら、大事に食べた。
これを息子が作ることが出来るとは思えない。妻がお弁当を作りに天国から来てくれたのだろうか。そんなことを思いながら、帰宅を急いだ。もちろん、ドーナツも買って。
一旦、玄関前で落ち着きを取り戻し、私はいつものように家のドアを開けた。
「ただいま」
「おかえり~。あれ今日は早いね。」って息子が答えてくれた。
妻は居なかった。
息子が笑いながら言った。
「お母さんが言ったとおりだ!お父さんがドーナツ買ってきた!」
「え!お母さん、やっぱりいるの?」
「何言ってるの。居るわけないじゃん。」って、少し寂しく息子が答えた。
息子がお弁当の卵焼きについて、種明かしをしてくれた。
「僕ね。おかあさんに卵焼きのレシピを習っていたんだ。メモも残してもらっていたんだよ。」
「でも、あの卵焼きは、お母さん以外が作れるとは思えない。どうやって作ったの?」
「えへへ」って、あのイタズラっぽい笑顔を見せながら、レシピメモを見せてくれた。
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絶品卵焼きの作り方
お父さんは卵が大好物です。
だからね。3日間、さりげなく卵を使わないで食事を続けさせるの。
朝食にも、お昼のお弁当にも、夕飯にも、卵を一切使わない。
そうして、なんとか3日間を過ごせたら、その次の日のお弁当に卵焼きをいれるの。
これが、絶品卵焼きの作り方です。
Kちゃん、お料理できるようになったら、お父さんに食べさせてね。
お母さんより。
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「そういうことか~」
妻の写真を見ると笑っていた。
おわり
物語を読むということ
今週のお題「下書き供養」ということです。文章の供養ということで、少し趣向を変えたお話を考えてみました。
やあ、こんにちは。
あなたが、今、読んでくれたことで、存在している者です。
何を言っているんだって?
そうですよね。普段なら、何か面白かったり、ワクワクしたり、感動したりする、お話が展開されることを期待して、読んでますよね。
今回は、そういうお話ではありません。
お話しが読まれている側のことを伝えてみることを試みてみます。
さて。あなたが普段読んでいる文章には、いろいろな人間もしくはキャラクターが出てきますよね。その者たちは、あなたが読んでいる間、存在することが出来ているわけです。
なかには、ずっと長く愛されているキャラクターもいます。
ロンドンに住んでいる名探偵とか、竹から生まれた姫とか、3人兄弟の子豚とかね。
この人たちのような存在は、僕らの憧れです。
僕なんかは、そこまでの特徴がないので、ひっそりといろんな物語にちょこちょこ出ている程度です。
名探偵の依頼主の3番目の召使とか、主人公に倒される側の手下の一人だとか、物語の語り部とか。
そうなんです。物語が終われば、存在が終わるけど、次の物語で、また生まれ変われるのです。
そちらでいう、輪廻転生のようなものですね。
もしかすると、あなたに合うのも、初めてではないかもしれません。
今も無数の物語が生まれ続けています。
短命で終わるものもあれば、たくさんの人に読まれて、物語の枠を超えて、存在できるものも出てくることでしょう。映画化とか、キャラクター商品とかね。
でも、すべては、読んでもらうことから始まります。そうなのです。
あなた方、次第なのです。
我々にとって、あなたのような存在は創造主のような存在です。
どうかこれからも、たくさんの物語を読まれて、私のようなものの活躍の場も作ってください。
そろそろ、この文章も終わりに近づいてきたようです。
いつもながら、寂しくなります。
でも、今回は、こちらの事情もお伝えすることが出来て良かった。
また、いつの日か、どこかの物語で、お会いいたしましょう。
それでは、さようなら。
おわり。
追伸:
なんか、へんなお話になりました。
大丈夫だろうか。
朝が弱い男
お題「#新生活が捗る逸品」ということです。
新生活を朝からスムーズに始めるために欠かせない目覚まし時計について、お話しを考えてみました。
誰にでも欠点がある。この男の欠点は、とっても朝が弱いことだった。
とにかく、少々のことでは起きられないのである。
目覚まし時計は、いつも3か月ぐらいで買い替えていた。慣れてしまうのだ。
これまで、あらゆる方法を試してきた。
最初はスマホのアラームを使って、いろいろな音や曲を使いながら起きていた。
しかし、そのうち初めての音や曲でも起きれなくなってしまった。
目覚まし時計もいろいろなものを試してきた。
音が大きい目覚まし時計。
音が鳴るとともに部屋の中を逃げ回る目覚まし時計。
パズルを解かないと音が鳴りやまない目覚まし時計。
でも、これらも長くは続かなかった。
眠りながら時計を追い回したり、眠りながらパズルを解いてしまうのだ。
男もこれには自分に苦笑した。
目覚まし時計を5台使っていたこともある。でも、これは大家から近所迷惑だと注意を受けてやめた。
枕を動かして起こしてくれる目覚まし時計もあった。
体に振動を伝える目覚まし時計も使った。
これらもすぐに慣れて寝続けるようになった。
思い切って、目覚まし時計をなしとすることも試した。
効果あったのは初日だけ。次の日は、思いっきり寝坊した。
では、睡眠の質を良くしようと、寝る前にリラックスする曲を聞いたり、アロマを使ったり、ヨガを試したりした。
いずれも、結局、起きるということには効果がなかった。
男は健康そのものであり、睡眠の質も元々良いのだ。
いよいよとなると、すがる思いで怪しげなものにも手を出した。
眠気の魔を取り除くと言われるお札を買ったり、
脳波に直接、起床の命令を送ると言われる目覚まし時計を買ったりもした。
思い返せば、バカバカしい。もちろん、効果はゼロだった。
そんな男も、今は朝にちゃんと起きることが出来るようになっていた。
最強の目覚まし時計役が居てくれるからである。
「パパ!朝だよっ!お・き・て~!」
息子は父親の体の上に乗りながら叫んでいた。
「はい、はい。おきますよ~」
幼稚園に入ったばかりの息子が起こしに来てくれるのだ。
毎日違う方法で起こしてくれるから、男もちゃんと起きることが出来る。
男は、息子にとても感謝していた。
親孝行とは、案外、本人の見知らぬところで行われているのかもしれない。
おわり